まだ寒さの残る日に

文章にするごとに、思い出になりそうで怖い
無理に言葉にしなくていい、と思う自分もいる
でも、それらをひっくるめて、前を向くために穏やかな思い出になってほしいと願う気持ちもある
かと思えば、思い出なんて言葉を使うのを、心の底から嫌がる自分もいる
ぐちゃぐちゃだ
だから非公開のつもりで書く

あんなに大きな、かけがえのない無二の存在と、もう会えない、話せなくなってしまった
お互いの健康のはなしも、とりとめないくだらない話も、
何時間も繰り返された大事な作品についての話も
それなのに、当たり前のように今日という日が暮れてゆくのが、信じられない
寂しくて途方もない
投げかけてくれたひとつひとつの言葉が、胸の内でたくさん光る
やさしい兄のような、家族のような深い愛に包まれていたことを、胸が痛いほど感じる
いつも「ありがとう」と言われるたびに、
その倍以上の感謝をどうやったら伝えられるんだろうと思っていた
まだなにも、なにひとつ返せてないうちに、遠い場所に行ってしまった

きっとむこさんと出会えた人は、みなさん同じような気持ちを抱えてるんじゃないだろうかと思う
星の数ほどの表現者のなかで、一個人としても、出会えたことに奇跡を感じる
ぐちゃぐちゃな感情をふるいにかけたら、深い寂しさと泣きたくなるほどの感謝しか残らなかった

そう、けれど永遠とも思えた真っ暗な夜の中に、ぽつんと光るものがあることをわたしは知ってる
それは数年前、愛猫を二年連続見送って、月日と、この身で知り得たこと
死やお別れは、何もかもを奪い去るものではないということ

きっとむこさんなら、今も必ずこう言ってくれる
あなたの人生と日々を、全力で楽しんでほしいと
絵が描けるなら、文章がかけるなら、映像や音楽が作れるのなら、表現することをやめないで、と
何よりも自分にむけて、やりたかった事、やれずにいた事を悔やむこともあったと思うのに、
何度も励ましてくれたその言葉が、今もわたしを照らしてくれる

私の描く永児や喜多見たちは、むこさんとねこさんのチェックが入って、繊細な修正が加わり、
初めて公式となれると思っています。今までも、これからもです。
なので、これから描く永児や喜多見たちは、
私の個人的なファンアートになってしまう事を、どうかお許しください
「ほたるの群れ」という作品に関われたことを、心から誇りに思うことと同時に、
ほんとうに、大好きな作品だから、大切に描き続けていたい
かけがえのない作品に対して、心からの贈り物を、
遠い場所にいるむこさんにも届けられるように、これからも描き続けます

わたしがそちらに向かう時には、完成したほたるを読ませてください。
絶対だよ。ファンは覚えてんだから!
今はちゅうちゃんと一緒に、痛みもない場所で笑っていてくれますように
どうかそこからも、見上げる私たちを見守っていてください

2018-3月7日
まだ寒さの残る日に